悪性脳腫瘍

悪性脳腫瘍治療グループ

  • リーダー:立石 健祐
  • メンバー:中村 大志,池谷 直樹,三宅 勇平,高寺 睦美(大学院生, 国立がん研究センター),三宅 茂太(大学院生),笹目 丈(大学院生)

当院の悪性脳腫瘍治療の特徴

病理・遺伝子解析を駆使した統合診断により脳腫瘍の正確な診断を行っています

脳腫瘍の治療には,まず第一に「正確な診断」が不可欠です.なぜなら腫瘍の種類,悪性度によって治療法が大きく異なるからです.さらに2016年度に脳腫瘍の診断基準が大きく改訂され,従来の病理診断に加え,「遺伝子診断」がより重視されるようになってきました.これは,脳腫瘍の遺伝子異常が悪性度や治療への反応性に関与することが分かってきたからです.例えば,IDHという遺伝子の異常を持つグリオーマ(最も多い脳腫瘍の一種,後述)は,異常を有さないグリオーマよりも予後が良いことが知られています.またMGMTという遺伝子が不活性化しているグリオーマはテモゾロミドという薬剤が効きやすいことが分かっています.しかし,遺伝子診断は現在保険適応となっておらず,残念ながらすべての施設でできる検査ではありません.

当科ではこれらの検査が患者さんの負担を最小限に減らして施行できるように整備し,「横浜市立大学ヒトゲノム・遺伝子研究等倫理委員会」の承認を経て,研究に参加いただいた全ての患者さんを対象に脳腫瘍に関連する遺伝子の診断を行っています.このような遺伝子解析を指標にすることで,経過の予測や治療方針の検討をすることができるというメリットがあります.

更に現在,世界の一部の先進的医療施設では大規模遺伝子解析の結果に基づく個別化医療が提唱されています.当院では米国NY州にあるメモリアルスローンケタリング癌研究所および東大オンコパネルとの提携を結んでおり,ご希望と必要に応じて腫瘍の大規模遺伝子解析を行っています.この結果,一部の脳腫瘍においては治療標的となる遺伝子異常が判明することで分子標的治療への治験につながることも期待されています.

最先端の手術支援機器を駆使して安全かつ効果的な手術を行います

我々の施設では複数の手術支援技術を統合し手術中に駆使することで,安全にかつ病変に対する積極的な手術を行っています.同時にこれらの医療技術を最大限に活用することで,手術やその後の治療計画などをより高度なレベルで立案して治療に臨んでいます.

脳は手足を動かしたり,物を考えたり,多種多様な機能を有しています.これらの様々な脳の機能は,脳の中に一定の局在があることが分かっています.手術においては,これらの機能を有する脳をなるべく傷つけないことが重要です.手術の技術や経験により脳の損傷は減少しますが,技術や経験には限界があります.

なぜなら脳の機能の局在は肉眼では見えず,手術中にどこに何の機能があるか厳密には判断できないからです.私たちは,「電気生理モニタリング法」や「ナビゲーションシステム」などの手術支援機器を用い,手術前・手術中に脳のどの部分に重要な機能があるかを可視化,同定することができます.

また悪性脳腫瘍では腫瘍の代謝が正常組織と大きく異なることが知られています(腫瘍が増殖するためにブドウ糖やアミノ酸などの栄養素を細胞に取り込む必要があります).これらの特性を活用して腫瘍を評価するのがPETという検査ですが,我々はこのPET情報を最大限駆使することで,腫瘍を最大限切除できるようなシステムを従来より構築しています.

このようなアプローチによる治療は当大学病院における臨床上の強みと考えています.併せて現状に満足することなく新たなシステムを日々構築しつづけています.

当院で扱う代表的な悪性脳腫瘍

脳腫瘍は1万人に1人という発生頻度であり,比較的まれな疾患ですが生命に直結する病気です.さらに一概に脳腫瘍といっても良性から悪性まで130種類ほどの種類があり,その種類によって治療法が異なります.手術のみで治癒が得られる腫瘍もあれば,手術後に化学療法や放射線療法などの追加治療が必要となる腫瘍もあります.これらを総合的に判断するためには十分な経験と知識が必要です.当施設は大学病院という特性上,良性から悪性まで,小児から大人まで,様々な脳腫瘍の経験を豊富に有しており,多くの病院・クリニックからも治療にお困りの症例のご紹介を頂いています.

神経膠腫(グリオーマ)

脳悪性腫瘍は,神経膠腫(グリオーマ)と呼ばれる脳実質から発生するものが多くを占めます.悪性度はグレードI(良性)からグレードIV(悪性)に分類されます.グレードIのグリオーマは限局性の腫瘍であり手術単独で治癒が得られる可能性があります.しかし,グレードIIからIVのグリオーマは浸潤性の発育をするために,手術単独で治癒を得ることは難しいです.多くの場合,術後に化学療法や放射線治療を組み合わせた術後治療を要します.手術では,最大限の腫瘍切除が長期成術績を向上させることが最近の知見として判明しており,前述の機器を用いて安全かつ最大限の摘出を目指しています.

手術後の治療には,テモゾロミドなどの化学療法,アバスチンなどの分子標的薬,放射線治療,ギリアデル(腫瘍摘出腔に留置する化学療法含有剤)やオプチューン(電場を使った治療装置)などがあります.腫瘍のグレードや患者さんの状態によりこれらを組み合わせた最適な治療を提案します.またテモゾロミドの長期投与に生じる腫瘍の悪性化などにも注目しており,遺伝子解析を駆使して治療を選択しています.

中枢神経原発悪性リンパ腫

中枢神経悪性リンパ腫は高齢者を中心に近年増加傾向にあります.急激に症状を悪化させる腫瘍であり,早期の診断と治療が必要です.この病気は化学療法や放射線治療が有効な場合が多い為,手術は病変の組織診断を目的として生検術を行います.当教室ではMRIとPET,更には機能的画像を統合したナビゲーションシステムや,神経内視鏡を用いた低侵襲な生検術を心がけています.組織診断が確定した時点で,メソトレキセートという薬剤を基盤とした化学療法を開始します.

多くの場合化学療法による腫瘍の縮小が認められます.そして放射線治療によりさらに腫瘍を消滅させます.しかしながら放射線治療数年後の認知機能障害がしばしば問題となることから当教室では化学療法を強化することで放射線照射線量を下げるよう工夫を図っています.また再発が認められた時点でも,患者さんの全身状態を考慮しつつ可能なかぎり積極的な化学療法を行います.その結果比較的良好な治療成績が得られています.

転移性脳腫瘍

転移性脳腫瘍は,体の脳以外に発生した悪性腫瘍が脳へ転移し,脳で腫瘍が増殖している状態です.転移性脳腫瘍の部位によって意識障害や麻痺を来すこともあり,場合によって緊急手術を要することもあります.
治療は,外科的切除の他に定位放射線治療や全脳照射などの放射線治療,全身化学療法などを行ないます.悪性腫瘍の起源に応じて,当該科と連携し治療を行ないます.

小児脳腫瘍

小児脳神経外科の章をご参照ください.

当院の悪性脳腫瘍研究の特徴

様々な脳腫瘍患者さんに対して最適な治療を提供するための研究を行っています

私たちは国内外の大規模臨床試験の結果や豊富な経験をもとに,患者さんにとっての最適な治療法をご提案いたします.また最新の治験,臨床試験についても常にアップデートしており,患者さん及びご家族に随時ご提案致します.

更に私たちの特徴として,患者さん自身の腫瘍細胞に対して薬剤や放射線感受性を検討することで,より個別的な治療法の可能性を提案することを試みています.例えば,我々は実際に摘出した腫瘍細胞を用いて,患者さんへ使用することのできる各種薬剤や放射線への反応を調べています.その結果,同じ種類の腫瘍でも患者さんによって薬剤や放射線の効果が異なることが分かってきました.これらの先進的な試みにより,その時代における最適な治療法を個々の患者さん毎に提案し,実行することを目標としております.

研究を通じて患者さんに優しい個別的な治療法を提案するとともに悪性脳腫瘍の新規治療開発を目指しています(トランスレーショナル研究)

近年,悪性脳腫瘍の治療成績は徐々に改善しているものの,未だ治療による病気の制圧は困難です.我々は治療成績の向上,そして究極的には治癒を目指した脳腫瘍研究を行っています.現在の標準治療は,腫瘍の種類に基づいて使用する薬剤を決めますが,今後は遺伝子背景や腫瘍細胞の薬剤感受性などの結果により患者さん毎に最適な治療を提供する個別化医療,オーダーメイド治療が主流になると考えられます.

トランスレーショナル研究

また,患者さんの腫瘍細胞を用いて,その特徴を保ったままマウスに腫瘍を作り出す技術を有しています.これにより腫瘍が発生する原因の解明,悪性化の機序の解明などとともに新規治療の開発を行っています.

今現在,グループメンバーらが見出した治療標的に対する治療法が,臨床応用を目指し海外にて開発中です.このように臨床において未解決の問題点を脳腫瘍組織や細胞を用いた基礎研究により深く掘り下げ,その答えを再び臨床に戻し患者さんに還元することを目指しています(トランスレーショナル研究).これにより最先端の研究成果を直接患者さんに届けることも可能です.

もちろん我々の研究は,すぐには患者さんに大きな利益をもたらすものではありませんが,研究成果を通じて最終的に世界中の患者さんに利益をもたらすと信じて昼夜を問わず活動しています.