良性脳腫瘍

良性脳腫瘍とは

良性脳腫瘍は,脳を包む膜である髄膜(髄膜腫),脳から出て行く神経(神経鞘腫),下垂体(下垂体腺腫)などから発生するものが大半を占めます.

良性腫瘍であるため,手術で全摘出すれば治癒が得られます.しかし,実際には脳の動脈・静脈・脳神経を巻き込んだり,脳の表面に癒着したりする場合,手術の難易度が上がり,術者の手術経験が治療成績を大きく左右します.

図1 コンピューターシミュレーション画像
左:脳神経と静脈・動脈の関係を3D融合画像で術前確認する 右:脳ヘラで右前頭葉を挙上して頭蓋底に至るシミュレーション

当科では,高難易度の手術について,コンピューターナビゲーション(操作部位の位置情報)や,脳神経の電気的モニタリング(神経機能の術中評価),腫瘍に巻き込まれた1mm以下の血管を確認するための術中蛍光血管撮影,術前コンピューターシミュレーションなどの先進的技術を駆使して脳機能温存・安全性確保を意識した手術を行っております.

頭蓋底腫瘍

頭蓋底部に存在する腫瘍(頭蓋底腫瘍)の摘除は,より重要な神経・血管と絡むことが増し,術野が深くなるため,さらに困難なものとなります.しかし,上記の技術に加えて,頭蓋底部の骨を削除して病変を十分に露出して脳の圧排を最小限にする手術(頭蓋底手術)を用いることで,安全な操作下に腫瘍の摘出率を向上させることが可能となりました.

当科では,これらの極めて難易度の高い手術には経験豊富な術者が治療に当たっており,国内有数の症例数と成績を誇っています.

頭蓋底部髄膜腫

前床突起部髄膜腫

この場所に発生する髄膜腫は,視神経や動脈を巻き込むために手術摘除が難しい腫瘍で,発生頻度も比較的稀です.特に,穿通枝と呼ばれる1mm以下の血管も巻き込まれている場合,これらの障害で片麻痺や意識障害が生じる場合があり,その温存は極めて重要です.また,視力障害で発見されることが多く,視神経が腫瘍に圧排されておりますので,その温存も非常に大切です.当科では,視覚誘発電位や脳機能モニタリングをルーチンにすることで,より安全な摘除を目指しています.

図2 右前床突起部髄膜腫(造影MRI)
左:腫瘍は視神経・側頭葉・海綿静脈洞を巻き込んでいる(術前) 右:腫瘍は全摘出され,視野障害も軽快している(術後)

錐体斜台部髄膜腫

脳底部の最も深いところに発生する腫瘍であり,脳幹と言われる意識の中枢・眼球を動かす脳神経・顔面神経・聴神経など,多くの重要なものが巻き込まれていることが多いです.また脳の最深部にあるために,手術到達法も難易度の高いものとなります.この時に脳の挫滅を防ぐために,側頭部の骨(錐体骨)を削除して腫瘍を摘除します(経錐体骨到達法).これらの頭蓋底外科の手技を用いることによって,比較的安全に腫瘍を摘出することが可能となっており,当科でも経験豊富な専門術者が直接治療を担当いたします.

図3 錐体斜台部髄膜腫(造影MRI)
左:斜台から右錐体骨に及ぶ細大径5cmの巨大髄膜腫(術前) 右:腫瘍は全摘出され,一過性の脳神経症状が出現するも通常の生活および仕事に復帰されている(術後)

大孔部髄膜腫

大孔とは,頭部と頸椎との間にある最も大きな頭蓋骨の孔であり,延髄から脊髄へと移行する部分にあたります.この部分に発生する頭蓋底腫瘍は稀なものでありますが,治療が極めて困難です.特に大孔前方に発生した髄膜腫は,延髄を圧迫したり重要な血管を巻き込んだり,さらに飲み込みの神経・聴神経・顔面神経などを巻き込むことがあります.

神経鞘腫

三叉神経鞘腫

主として顔面の感覚を脳に伝える三叉神経に発生する腫瘍です.その神経の通り道が頭蓋底部にあたるため,その治療は頭蓋底手技が必要となることが多くなります.特に,脳幹・目を動かす神経・内頚動脈が術野に絡むことが多く,その温存が極めて重要です.当科では,体性感覚誘発電位モニタリング・外眼筋モニタリング・ナビゲーションによる内頚動脈の同定などを行っています.手術治癒を得るため,基本的に全摘出を目指しますが,全摘出が困難な場合でも,放射線治療を併用することで,良好な治療成績を得ています.

図4 右三叉神経鞘腫(造影MRI)
左:右小脳橋角部から海綿静脈洞にかけて一部造影効果を伴う嚢胞性腫瘍を認める(術前) 右:脳幹部に強く癒着した被膜のみ残し,亜全摘したため,術後回復も良好で,現在再増大なく経過良好(術後)

聴神経腫瘍(前庭神経鞘腫)

一般的に聴神経腫瘍と呼ばれますが,厳密には前庭神経という三半規管の情報を伝える神経から発生する腫瘍で,神経鞘腫の中では最も多い部位になります.通常は生命にかかわることはありませんが,大きくなって脳幹部と絡むようになると,その危険性も増し,手術難易度も高くなります.したがって,なるべく小さい段階で手術をすることが望ましく,症状発現時は,速やかに対応しています.同部は,聴神経・前庭神経・顔面神経の三者が密接しており,その温存は極めて重要です.顔面神経モニタリングおよび聴性脳幹誘発電位モニタリングにて,顔面神経の温存はもちろんのこと,聴力が残存している場合は,その温存に細心の注意を払って手術を行っています.

図5 聴神経腫瘍(造影MRI)
左:2cm大であるが進行性聴力障害を認めていた(術前) 右:全摘出し,聴力も改善傾向(術後)

頸静脈孔神経鞘腫

頸静脈孔とは,脳の静脈血を集めた頸静脈の通る頭蓋骨の穴で,頸静脈以外にも,舌咽神経・迷走神経・副神経が通り,これらの神経から発生します.もともと腫瘍自体の圧迫によりこれらの神経は非常に弱くなっており,手術の際には愛護的な操作が必要です.特に,飲み込み動作(嚥下)を行っている舌咽神経・迷走神経の温存は重要で,それらの術中神経モニタリングを行い,良好な機能温存を獲得しています.極めてまれな腫瘍ですが,当科では専門医師がおり,紹介患者さんが集まっています.

図6 右頸静脈孔神経鞘腫
左:頸静脈孔を充満する腫瘍を認める(術前) 右:被膜内全摘出されている.大きな骨削除を要したが感染症なく独歩自宅退院(術後)

トルコ鞍部腫瘍

下垂体は,頭蓋骨の中央で「トルコ鞍」と呼ばれる骨のくぼみの中に,脳から釣り下がる様に存在する脳組織です.重さ約0.7g,大きさ7-8mmというとても小さなものですが,ヒトが生きて行く上で必須のホルモンを産生し分泌しています.下垂体にも色々な病気が発生しますが,以下の3つの病気の頻度が高いと言われています.

下垂体腺腫

下垂体の一部の細胞が腫瘍化して大きくなったもので,ホルモンを過剰に分泌する「機能性腺腫」と,ホルモン異常を呈さない「非機能性腺腫」に大別されます.脳自体に発生する腫瘍のうち,約6人に1人がこの病気 (原発性脳腫瘍の約17%)と言われています.「機能性腺腫」のうち,月経不順や乳汁漏出を生じる,プロラクチンホルモン産生腫瘍(プロラクチノーマ)は,飲み薬による治癒が期待できますが,それ以外のホルモン過剰分泌腫瘍に対しては,原則的に手術が必要となります.一方,ホルモン異常を呈さない腫瘍(非機能性腺腫)に関しては,腫瘍の増大により周囲の構造物への障害が出現した場合,特に眼の神経を圧迫し見えにくくなるほど大きくなった場合には,手術を考慮しなくてはなりません.

図7 下垂体腺腫
左:トルコ鞍内に最大径3cm大の腫瘍を認める(術前) 右:内視鏡下に経鼻的腫瘍摘出を行い,肉眼的全摘出(術後)

ラトケ嚢胞

胎児の時に下垂体が形成される過程で生じる袋がそのまま残り,この中に液体が貯まって大きくなるものです.これも,小さなものであれば様子をみても良いですが,眼の神経を圧迫するほどになれば,手術を考慮しなければなりません.

頭蓋咽頭腫

上記のラトケ嚢が腫瘍化したものと言われており,液体が貯留した袋状の部分と塊状の部分があります.良性とはいえ,周囲正常な脳組織と炎症を起こし癒着していることから,治療が困難で,合併症発生率の高い腫瘍です.開頭して摘出する方法と,下記に述べる神経内視鏡を使用して摘出する方法があります.

当科における治療戦略

下垂体に生じる病変は,一部の病気を除いて,原則的に手術治療が第一選択となるものが多いのです.良性疾患が大半であることから,手術による合併症を限りなくゼロに近づけつつ,確実に目的を達成する必要があります.

そこで,当科では以下のような治療手段を用いて手術を行っています.

  • 経鼻的神経内視鏡手術
  • 術中ナビゲーション
  • 術前3Dシミュレーション
図8 術前3Dシミュレーション
左:経鼻進入方向から主要周辺の骨解剖.周辺の重要構造物を損傷しないよう,術前に削除可能な骨範囲を検討する(術前) 右:腫瘍周辺の骨は一部削除され,腫瘍は全摘されている(術後)

鼻の穴を通じて下垂体に接近し,脳神経外科手術用のハイビジョン内視鏡を利用しています.内視鏡による拡大率の高い鮮明な画像で,術野を隅々奥深くまでよく観察するだけでなく,両方の鼻の穴から術者と助手の2人計4本の手を入れることで,良好な術操作が得られます.また,治療が終了しても,ホルモンの補充療法,あるいは薬物治療が必要になる場合があります.そのため当院では,糖尿病内分泌内科と連携して,術前検査や術後治療を行い,多角的に患者さんのケアに当たっております.